第5回 「産学連携と知的財産」



 今回は問題提起という形で「現場からのレポート」を書かせていただきます。
 大学教官という職業柄、学生に与えるレポートの課題を掘り出すために常日頃アンテナをはっていますが、「産学連携と知的財産の権利化は補完的関係にあるか?」というテーマを最近思いつきました。この背景には、大学からの技術移転の前提として、その技術の所有権が法的に担保されていること、またそれを独占的に使用することが可能であることを企業が要求する、という一般的な認識があります。さて、皆様はどのように反応なさいますか?このシリーズの第3回で、「知的財産」に軽く言及しましたが、ここでは「産学連携」と「知的財産」の関係を少し深堀してみたいと思います。

●産学間の人的交流とアイデア移転

 まず「産学連携とは?」という点からスタートしましょう。基本的には「産」と「学」が互いの持ち味を活かしつつ、何らかのチャンネルを介して協力関係を結ぶ(具体的には人又はアイデアの交流が起こるわけですが)、そこから相乗効果が生まれ、その結果として、当事者である大学および企業の持つアセットの質が高まり、しいては組織自体が活性化される、というストーリーです。
 産学連携が活発に行われることによって、ミクロレベルのみならず、社会全体のイノベーション能力が向上するというわけです。チャンネルにはライセンシング、共同研究、受託研究、スピンオフ企業の設立、教官の兼業、インターンシップ、人材養成、学会、インフォーマルなミーティングなど様々なものがありますが、ここで注目していただきたいのは、ほとんどのケースで人の交流が基盤となっているという点と、アイデアが「学」から「産」へ、あるいは「産」から「学」へと流れる際、契約ベースで行われるものはその一部であるという点です。

●技術移転は「知的財産の権利化」がポイント

 では、そこに「知的財産の権利化」がどのようにからんでくるのか、ということになります。知的財産基本法によると「知的財産」は:
「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」
と定義されていることから、「産学連携」と「知的財産」の共通分母は、人ではなくアイデアの流れとなります。そこで、産学連携のチャンネルとしていの一番に思い浮かべる「TLOを介した技術移転」(注1)を取り上げて、今日の課題にアタックすることにしましょう。
 大学における研究活動から創出された「知的財産」をTLOが「権利化」し、それを企業にライセンシングする、そしてそこから発生したリターンをTLO・大学・発明者が所属する研究室・発明者の間で分配する、という一連のプロセスです。ここでは「知的財産の権利化」があってこそ、初めて技術移転が可能になるわけで、「産学連携と知的財産の権利化は補完的関係にある」と言えましょう。
 日本が提唱する「知的創造サイクル」はこのロジックに則っているわけですが、「産学連携」の着地点である「社会全体のイノベーション能力を高める」という視点から考察すると、話はより複雑になります。「知的財産の権利化」が「産学連携」に負のインパクトを与えることも考えられるわけで、大きくまとめると:
  • この狭義の技術移転は産学連携のチャンネルの一つにしか過ぎず、他のケース、特に人の流れを主軸とする場合、「知的財産の権利化」という前提は、自由なコミュニケーションを阻害するなど、産学連携の派生効果を限定的なものにしてしまう
  • これまで大学と企業の間には研究者が共有する倫理・規範に基づくある種の紳士協定のようなものが存在し、「知」のフロンティアを拓く目的(注2)であれば、自ら有する知的財産を相手方が活用することに対してフレキシブルに対応あるいは容認してきたわけだが、これらの取引をすべて契約ベースのものにすると巨額な取引費用が発生し、また大学においては訴訟問題への対応といったリスクマネージメントが必要になり、新たな経費の計上が必須となる
  • コロンビア大学のネルソン教授が「The scientific commons is becoming privatized」と忠告するように、大学から創出される研究成果の権利化をむやみに推し進めると、公共財的性格を持つ「知」のスペースが縮小し、その結果、大学の、しいては社会全体の知的創造能力が衰退(注3)してしまう
となります。「知的財産の権利化」が「産学連携」の必須条件となる場合もあれば、もう一方では、ブレーキとして機能してしまうこともある、という一筋縄ではいかない問題なのです。

●国立大学の対応 カリフォルニア大学の場合

 では、法人化後に「産学連携推進」と「知的財産の機関帰属化」の二つを同時に実践することを社会から要求されている国立大学はどう対応すればよいのか、ということになります。言い換えれば、産学連携ポリシーと知的財産ポリシーの整合性をいかに担保するかという問題が発生します。
 私自身、東北大学の職員であることから、この問題に対する明確な答えを持ち合わせている場合は、「企業(大学)秘密」として取り扱うのが筋ですので、ここでは、カリフォルニア大学がたどった道のりを紹介することにします。
 バイドール法が施行されたことにより、大学における研究成果の権利化が進み、Office of Technology Licensingの実績も着実に上がっていきましたが、この新たな流れによって、教育と研究という大学本来のミッションの達成が困難になるケースが出てきたこと、また大学と企業の関係の再考が必須になったことから、1997年に大学の執行部、教官代表、産業界の代表が集まり、産学連携のあるべき姿、大学の核となるミッション・価値観との整合性を討議する場、President's Retreat(注4)が設けられました。率直でフランクな議論の結果、70の提言がまとめられ、その実践の状況は報告書(注5)として公表されています。 このPresidentユs Retreatで次の認識が共有されました。
  • 「技術移転」とは、単なる「技術のライセンシング」ではなく、様々な大学と産業のインターアクション(そこには教育も含まれる)の中で実現するものである
  • 分野別・産業別といったフレキシブルな対応が「産学連携」には必要である
  • 教育、情報の普及、知識の探求は「産学連携」の基盤を構成するものである
さて、皆様はどのような提言を国立大学になさいますか?


注1)ここでは、米国のTLOを念頭に置いていますが、国立大学法人化後は、知的財産の機関帰属が主流となると想定されることから、以下の文脈は日本にも当てはまるものと思われます。ただし日本では、知的財産の権利化は、TLOではなく、大学本体の業務となりますが。
(注2)「Research exemption」と呼ばれるものです。特許法第36条第一号の「試験又は研究」の例外は、この問題に対して法的枠組みを提供するものですが、ここで議論する「Research exemption」はより広義な概念であることを記しておきます。
(注3) いわゆる「アンチコモンズの悲劇」の問題です(中山一郎、「プロパテント」と「アンチコモンズ」-特許とイノベーションに関する研究が示唆する「プロパテント」の意義・効果・課題-参照:http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/02110002.html/)。
(注4)http://www.ucop.edu/ott/retreat/tabofcon.html参照。
(注5)http://www.ucop.edu/ott/retreat/updates.htmlhttp://www.ucop.edu/ott/pdf/fiveyear.pdf参照。