第20回 イノベーティブな大学とは?


 コミュニケーションにおいてフェース・トゥー・フェースに勝るものは無いと硬く信じてきましたが、形式知に限定した場合は、「インターネットもまんざら悪くない!」と実感するようになりました。携帯にメッセージを打ち込む作業は大の苦手ですが、休日、雪景色を堪能しながら(ちなみに東北大の私のオフィスから仙台市、太平洋を一望することができます!)、切れ目無く投げ込まれるDNDの「『イノベーション25戦略会議』への緊急提言」に目を通していると、ついつい反応して(挑発されて?)「何か書かなくては!」という気になります。そこで、今日は、石黒さんの「イノベーティブな組織」(i)を受けて、「イノベーティブは大学とは?」と題して、語ることにします。と言っても、時すでに師走であり、一年分のエネルギーはすでに使い切ってしまった状態なので、「大学はどうあるべきだ!」という硬い話ではなく、思いつくままに、散文スタイルで書くことにします。

 最近、「魅力的な大学とは?」という演題で講演する機会がありました。プレゼンテーション資料を準備する際、「えいや」と、主観的なスライドを数枚盛り込みました。教育・研究・社会貢献という大学の根幹となるミッションについて議論することも重要ですが、「主観的にどのような大学に魅力を感じるか?」問われたとき、皆様はどのようにお答えになりますか?これまで延々と学生・研究員・教員として大学生活を送ってきた私の答えは「知的な刺激を与える」そして「Serendipityを醸造する」「場」です。そしてその前提条件となるのが「イノベーティブな組織」であること、となります。

仙台の初売り
 仙台の初売り、中でも大型店の福袋をイメージしてください。どのフロアの、どのコーナーの、いくらの福袋を買う、とまでは消費者が決める(賢い消費者は常に戦略的に行動します)わけですが、商品のカテゴリーは大体把握しているとしても、販売価格以上の価値のある何かが、しかもそれが色々な組み合わせで、入っているという期待感を楽しむ姿がそこに浮かび上がってきます。初売りの歴史は古く、廃ることなく今日まで継承され、その魅力は年々高まっています。この背景には、消費者の期待に応えるべく知恵を絞り、努力を重ねてきた商人(今風に言えばアントレプレナーとなりますか!)が存在します。

 ところで「仙台の風物詩」と「魅力的な大学」の関係を皆様どう読み取られましたか?ヒントは―「大型店」を「大学」に、「商品」を「知識」に、「消費者」を大学のステークホルダーである「学生」、「研究者」、「研究機関」、「企業」、「政府」等に、「商人」を「大学経営者」に置き換える―です。連想ゲームを楽しんでください。

 さらに類推を深めると、初売りから学ぶ点もいくつか見えてきます。例えば、消費者とのインターアクションの中で、石黒さん流に言うなれば、商人の「頑張り、カイゼン、イノベーション」が「ちりも積もれば山」となり、評判が高まり、一つの社会制度として認知されるに至ったというファクトです。

「ビジョン」対「計画」
 この辺で仙台を離れ、アメリカに目を移すことにします。連想ゲームを続けましょう。「イノベーティブな大学を挙げるとすると?」と問われたら、真っ先に登場するのが、MIT、ハーバード大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学といったアメリカ勢でしょうか。また昨今、アジア諸国、特に中国、シンガポール、インドの大学も目覚しい動きを見せていますが、それとは対照的なのが歴史の重圧が硬直化の方向に働いてきたヨーロッパの伝統的な大学です。

 ここでは、最近、印象に残ったスタンフォード大学の副学長(Provost)も務められたミラー氏のお話を引用します。「シリコンバレーがシリコンバレーたるやは、当初からそのような計画があったからではなく、ビジョンを持つ人がそこにいたからである」という発言です。もちろんこれはスタンフォード大学のターマン氏を指すわけですが。ここから読み取ることは2点あります。シリコンバレーはよく言われるように「例外的」な場所ではなく、社会的に構成された場であるという点、また、ビジョン無しの計画の独り歩きに警告を鳴らしているという点です。ここで、橋本さん(ii)、古川さん(iii)が取られた「過去の経験から学ぶ」というアプローチを、ちょっと拝借することにします。ローゼンバーグ流に言えば「history matters」(iv)となります。ミラー氏の話をスタンフォード大学の歴史 に照らし合わせてみると、一人のビジョンを持った教員が、大学を取り巻く地域に対して様々な仕掛けを考案し、働きかけ、その絶え間ない努力の積み重ねの結果としてシリコンバレーとスタンフォード大学の間に共生的な関係が発生し、またその精神は歴代の学長に引き継がれていった、となります。スタンフォード大学が「イノベーティブな組織」である所以は、地域とのインターアクションにその革新性を発揮した点にあるのではないでしょうか。このあたりは、石黒さんの組曲第3番「イノベーティブな地域」の議論を楽しみにしています。

日本では
 連想ゲーム、最後の質問です。日本を見回したとき、これぞ「イノベーティブな大学!」と多くの人が納得する大学がいくつあるでしょうか?さて・・・と考え込むのは私一人ではないような気がします。大学・短期大学進学率は50%(vi)を越え、500以上の私立大学が存在し、かつ国立大学においては法人格を有する、という日本の大学システムはヨーロッパ諸国からすれば特異なケースなのです。この日本のスナップ写真から容易に想像できるのは「イノベーティブな大学」がひしめき合っている姿ですが、これはインサイダーとしてはいささか違和感を覚えるわけで、この辺のギャップをうめることが課題だと思われます。もちろん、目指すは「イノベーティブな大学」です。石黒さんの処方箋を用いるとするならば、大学には「意図的戦略」と「創発的戦略」の両方を同時に使いこなすことが要求されるわけで、そして、それを可能にするのが「『イノベーティブなひと』とは?」(vii)に登場したJanusian Thinkingとなるわけです。アクションを起すには、別段、誰かのお墨付きを得る必要はありません。また、大学が大掛かりな鳴り物入りの改革を打ち出すことも必須であるとは思えません。まずは「何はともかくできることから!」のスタンスで出発し、学内のイノベーティブなイニシアティブを吸い上げ、育み、開花させる力を大学に培っていこうではありませんか。


*i. http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_73.php参照。
*ii.http://dndi.jp/15-hashimoto/hashimoto_6.php参照。
*iii.http://dndi.jp/12-furukawa/furukawa_8.php参照。
*iv.Rosenberg, N. (1994), Exploring the black box - Technology, economics, and the history, Cambridge University Press.参照。
*v.原山優子, 「シリコンバレーの産業発展とスタンフォード大学のカリキュラム変遷」, 青木昌彦他、大学改革 − 課題と争点, 東洋経済新報社, 2001 参照。
*vi.文部科学省「平成17年度学校基本調査速報について」http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04073001/001.htm参照。 *vii.http://dndi.jp/07-harayama/hara_18.php参照。