第2回 「産学連携あれこれ」



●博士課程の学生に対する経済支援

 今回は、ライセンシング、共同研究、大学からのスピンオフ企業、兼業といったすでに認知されているものとは一味違う産学連携の形態に注目したいと思います。9月にヨーロッパ、10月にアメリカに行く機会がありました。訪問した先々で聞きかじったトピックス(注1)を紹介させていただきます。産学連携の多様性について考えるきっかけになれば幸いです。
アメリカにおいて博士課程の学生の財政的援助は、奨学金・授業料免除はもとよりリサーチ・アシスタント、ティーチング・アシスタントといった形ですでに制度化されておりごくあたりまえの一般化されたプラクティスと言えます。しかし、日本を含めた他の国々では、ごく一部の学生しか財政的援助の恩恵にあずかることができなかったり、また、たとえサポートを受けられたとしても博士課程の期間をフルにカバーするものでなかったりして、博士課程の学生にとって論文を仕上げるまでの生活費をいかに捻出するかということがかなり深刻な問題になっています。これは、博士課程に進むか否かという一個人の意思決定に影響を及ぼすだけでなく、次世代の研究者のプールの確保という人的資本の形成にも脅威を与える可能性が大きいことから、社会的・政策的な取り組みが必要となります。
優秀な学生を博士課程に惹きつけるために、いかに経済的なバリアを取り除くかということが課題となりますが、ここではフランスの試みを一つ紹介したいと思います。

(1) フランスの取り組み
 CIFRE(注2)(Conventions industrielles de formation par la recherche)と呼ばれるスキームです。人材を介して産業界とアカデミアの世界の連携をスムーズにすることを目的として掲げていますが、具体的には博士課程の3年間を一企業が後援者として財政的にサポートするというものです。CIFREは、1981年に化学・物理・IT等の応用研究を対象としてスタートしましたが、1989年からは人文社会系の分野へも拡充されました。最近では年間800件のペースでCIFREが活用されているとのことです。
 形式としては、企業、博士号取得志望者、受け皿となる大学または公的研究機関の研究室の三者の間で協定が取り交わされます。企業は志望者と3年間の雇用契約を結び、研究プロジェクトの遂行を条件として給与(注3)が支払われます。CIFREの協定を結んだ企業へは、政府から補助金(注4)が供与されます。企業と受け皿となる研究室の間では研究プロジェクトの細部にわたる取り決めを明記した契約が結ばれます。企業は、自社の研究開発戦略に位置づけられるテーマの中から研究プロジェクトを選択し、それを博士号取得志望者に遂行させるわけですが、その際、大学および公的研究機関の研究室は場所の提供、研究指導等、全面的にサポートを行います。

注1)特にIFMA (Institut Francais de Mecanique Avancee)とカリフォルニア大学バークレー校。
(注2)http://www.anrt.asso.fr/fr/espace_cifre/mode_emploi.jsp
(注3)年間給与20,214ユーロ以上。
(注4)一律年間14,635ユーロ。

---CIFREは企業にとって---
●関心のあるテーマの研究開発を大学または公的研究機関を活用して行うことができる
●研究者・エンジニアの雇用に際して生じる情報の非対称性の問題を解消することが可能になるというメリットがあります。
---大学および公的研究機関にとっても---
●博士課程の学生の財政的サポートの問題が解消される
● 研究費の財源を確保することができる
●企業と問題意識の共有を行うという体験を通じで、応用も視野に置いた研究が行われるようになるというように、プラス効果があるとのことです。
 また当事者の博士号取得志望者においては、大学または公的研究機関で研究者としてのトレーニングを受けると同時に職業体験も得られることから、博士課程修了後、企業への就職がスムーズに行われるという点がメリットとして指摘されています。
 このようにMutually beneficialなスキームですが、秘密保持の厳しい条件がつけられる場合、学内、研究機関内において、当該の研究プロジェクトが孤立するリスクも大となり、その結果として研究者育成という側面に悪影響を及ぼすこともある、という声も聞かれます。

(2) アメリカの事例
 さて、次の事例は、今日本で注目を浴びているMOT(Management of Technology)プログラムに関連する話題です。アメリカの大学には、すでに実績を積み、国内外から優秀な学生を引き付けるMOTプログラムが多数存在します。設立の経緯は、ビジネス・スクールから発展したもの、工学部の中に作られたもの、複数の学部が母体になっているもの、複数の大学が連携して立ち上げられたもの等、多種多様で、また学内における位置づけも、マスター、ドクターといった学位を授与するものから、いくつかの講義を当該学部あるいは全学の学生に提供するものまで様々です。その中でもカリフォルニア大学バークレー校(UCB)のMOTプログラム(注5)は、産学連携という視点から興味深いケースなのでここで取り上げることにします。
 まず設立のきっかけですが、産業界からUCBの工学部およびビジネス・スクールにプレッシャーがかけられたそうです。それぞれの分野においてトップ・クラスではあるが、工学部の卒業生はビジネスに関する知識が乏しく、またビジネス・スクールの卒業生も同様で、技術に関する知識が皆無に等しいと強く指摘されたとのことです。それを受けて、二人の学部長が協力し、1986年にNew Product Designという講義が導入されました。MOTプログラムに対する潜在的なデマンドが学生の間にあったことも功を奏し、順調なスタートとなりましたが、本格的なカリキュラムを展開するにあたっては、企業からの寄付が不可欠なものでした。今度は大学側から産業界に強い働きかけが行われ資金調達が行われ、プログラムの強化が図られたそうです。シーソー・ゲームのように、産学が互いに働きかけあいながら進化していくというプロセスです。
 大学は産業界のニーズをあまり把握していないという説をよく耳にします。それが事実であるならば、この二つの事例が示すように、産業界も、手をこまねくのではなく、いろいろなツールを開拓して大学にメッセージを送ってみてはいかがでしょう。外圧を活用して内部を変革させるという手は日本の得意技です。大学も例外ではないはずです。


(注5)http://mot.berkeley.edu/intro.html