第13回 イノベーションあれこれ


 明けましておめでとうございます。
 新たな年が雪の舞とともにスタートしましたが、皆様は仕事始めに何をなさいましたか?
 私は常日頃、大学に身を置きながらも落ち着いて瞑想にふける時間を蓄えることができないでいる自分に反省しておりますが、せめてお正月ぐらいはと思い立ち、「年頭の瞑想」を皆様と共有することにました。お付き合いのほどよろしくお願いします。

 さて、そこで「テーマは?」ということになりますが、「産学連携」に続くキーワードは何か、と思い巡らした結果、「イノベーション」に落ち着きました。第3期科学技術基本計画においては戦略の基本の一つとして「科学の発展と絶えざるイノベーションの創出に向けた戦略的投資」がかかげられ、また、欧米亜諸国の科学技術政策にも「イノベーション」が共通して登場しています。今日、社会経済におけるイノベーションの重要性に異論を唱える人はいませんが、「では、何から着手する?」という議論になったとたん、様々な思惑が飛び交うというのも「産学連携」ですでに体験したような気がします。

●イノベーション論

 経済学・経済史において「イノベーション」は「産学連携」と異なりすでに長い歴史を持つ概念です。古くは産業革命にまでさかのぼることもできますが、シュンペーターの「創造的破壊」によって、イノベーションが産業にダイナミックスをもたらすメカニズムの解明が進んだわけです。それは完全競争が社会厚生の最大化をもたらすとする新古典派のスタティックなアプローチと一線を画し、独占市場の位置づけに新たな視点を加味するものでした。アローはイノベーションの原点である発明および研究を、不確実性、不可分割性といった特徴を有する情報の生産と捉え、従来の市場メカニズムでは最適資源配分には至らず、それが故、政府の助成が必要であると主張しました。
 経済成長論においては、旧来「技術進歩」は外生的な要素として取り扱われてきました。経済成長の決定要因は大きく労働と資本とされ、技術進歩はなんらかの影響をおよぼすものの、一つの時間と共に変化するパラメーターにしか過ぎなかったわけです。
 「残差」と呼ばれる所以です。80年代後半に登場したローマーの内生経済成長論によって、技術・知識の非競合性、知識生産者に帰属する独占レントの存在、技術・知識のスピルオーバーといったファクトがモデルに盛り込まれるようになりました。徐々に技術のブラックボックスが開かれ、その内生化が進んでいったのです。
 産業組織論の中でも、イノベーションは一つの柱であり、新たな技術の発明から普及のプロセス、インセンティブ・メカニズム、技術戦略、ネットワーク効果、標準化等、イノベーションに関するキー・コンセプトの理解を深める上で一読に値する文献が数多く存在します。また、ゲーム理論、契約理論のフレームワークの中で行われる議論はイノベーションのダイナミックスの理解を深めるものです。
 経営学では、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」、ポーターの「国の競争優位」が広く知られていますが、後続の著書も含めて、企業の視点からイノベーションを考察する上で欠かせないものとなっています。

●イノベーション論から何を学ぶ?

 イノベーション論のさわりをさらっと紹介しましたが、総括すると、様々な論脈からイノベーションが議論されており、そこにはこれまでの完全競争のロジックでは包括することのできない実態が存在するということです。また、イノベーションの世界では、「特許」に象徴されるように、イノベーションを促すためのルールがその匙加減を誤ると期待するのと反対の効果をもたらすことがしばしばあります。「占有可能性」対「スピルオーバー」、「戦略的アプローチ」対「不確実性のマネジメント」、といったトレードオフに対して政府は裁定役を担うことになります。
 これらの理論的フレームワークは、イノベーションの現象を理解する上で役に立ちますが、それと同時に、イノベーション政策の根拠としても使われます。そして、更に一歩踏み込んで一部の研究者は政府に提言を行い、イノベーション政策に影響を与えています。

●イノベーションの捕らえ方

 ここまでは、かなり抽象的な世界に入り込んで瞑想を深めてきましたが、再度現実にもどってイノベーションの考察を続けることにしましょう。
 イノベーションとは、与えられた制度の中で、研究開発がなされ、その成果が新たな製品・プロセスの創出又は改良へと結びつき、市場を介して経済的付加価値が生み出されていくという一連のプロセスを指すわけですが、そこには、様々なアクターが関与し、またそれぞれの立場によって、異なる認識を抱いているように思えます。
 例えば、大学、公的研究機関では新技術の開発に重点が置かれ、企業においては具体的に市場の描ける製品が対象となり、政府では産業競争力の視点が重要な鍵を握る、といった具合ですし、更にこれらの組織の内部に侵入すると、部局によって異なる返事が返ってくること請け合いです。また、ここまではテクノロジー・イノベーションに焦点を合わせてきましたが、イノベーションとは、技術のみならず、幅広く「やり方」、「考え方」、「組織の動かし方」、「社会の動かし方」等も対象として捕らえることのできる概念です。よって、イノベーションを議論する際には、まず、誰の視点から、何を対象としているかを確認する作業が必要となるわけです。

●政府の役割

 イノベーションは、企業には新たな市場機会を提供し、消費者には財の多様化、質の向上、価格の低下、といった便益をもたらすわけでが、上述したように不確実性、非競合性といった特徴を持つことから、イノベーションを誘発するためには、何らかの形で政府の介入が必要となります。呼び水としての研究開発投資、補助金、税制上の優遇措置、特許といった制度面での対応がありますが、施策を導入する際、イノベーション論が示唆する様々なトレードオフに配慮する必要があります。経済の低迷期にあっては、イノベーションに多大な期待が寄せられ、こうした配慮無しで政策ツールが矢継ぎ早に導入される傾向にあることから、政策効果の測定はよりいっそうの慎重を期します。

 最後になりますが、イノベーションのインパクトは経済活動のみならずライフスタイル、価値観といった社会システム全体に及びます。どのような社会を構築していくのか、また国民の意向をどのように反映していくのか、という社会的議論を深めることも成熟社会には必要です。もちろんこれは政府というより、国民のイニシアティブで!皆様のイノベーション論をお聞かせください。