第3回 産の側の課題



 社会的認知度が高まるにつれて、大学発ベンチャーは<大学知財の産業化のための担い手>としての役割がはっきりとしてきた。国立商科大学の立場から大学発ベンチャー支援を開始して以来、国内大手企業が大学研究者と結んだ特許発明取り扱いに関する過去の<念書>について、他大学の研究者よりしばしば相談を受けた。とても憂鬱で悲しい内容だった。曰わく、「A教授が開発した本特許の出願は、B(企業)が行い、教授Aは発明者となる。後日、本特許に基づく製品化に成功した場合、BはA教授に年額100万円を年度末に支払い、これに関する一切の権利をA教授はBに譲る。もしも問題が生まれた場合、両者は円満に協議して善意で解決すべきものとする。」

 確かに、A教授は教え子の就職先としてもB企業に期待するところ大であったかも知れない。だが、国立大学が独法化される以前に、国家公務員が特定の営利組織と契約することは禁止されており、それは文部省会計課運用規則に準拠して各国立大学の契約担当官が結ぶべき事項だった。それゆえ、「これは著作権料の一部だ」と主張しても、契約を結ぶ人格が教授に与えられていなかったのだから、支払い方法としては企業から教授の研究室に奨学寄附しかなかった。だが、A教授には、B企業に寄附を要求する権利が一切ない。

 全ては過去の話であるが、大学教授とて人間である。教育しなければならない子も住宅ローンも人並みに抱えている。例え税金で賄われているとしても、一生懸命努力した研究成果について、相当な対価を企業が教授(学生)や大学に支払うことは当然である。他方、現在の大学の姿勢にも問題がある。確かに特許出願費用や維持費用はかかっているが、試作品もない状態で企業に多額の特許費用負担やロイヤリティを要求するのは、あまりにも企業側の努力を軽視している。

 だからこそ大学発ベンチャーが大切なのだ。特許から試作品を作るためには、膨大な時間とコストを要する。研究者が関わる大学発ベンチャーが試作品まで作ってから、その過程でわかったノウハウも含めて大手企業側に技術供与すれば、製品化を急ぐ企業側のコストと時間は大いに節約される。その結果、企業側からも、大学発ベンチャー・教授(学生)、並びに大学側により大きなロイヤリティの支払いが可能となる。

 何に使えるかわからずに<研究>された知的成果を、何に使えるかわかって<開発>される試作品にまで、すみやかに移行させる努力が産業イノベーションの実態であり、成果が<コアテクノロジー>だ。ナノ・バイオ・光などの分野で<日本発コアテクノロジー>が今ほど求められている時代はない。日本人のバイオ研究者が海外研究所から自ら関わった試料を持ち出そうとして、FBIにスパイ法で逮捕された。我が国の大学が、日本の産業界のためにコアテクノロジーを次々と提供しなければ、やがて日本の産業競争力は2流、3流レベルへと転落する。

 こうした事態を回避し、現在同様に未来も日本が優れた産業国家であり続けるためには、企業の研究者・エンジニアが積極的に国内大学に派遣され、また企業は試作品まで作りあげた大学発ベンチャーに対して十分な対価を支払う必要がある。もちろん、大学発ベンチャーが大学に寄附又はロイヤリティを支払うのは当然だ。大学と企業の相互リスペクト(尊敬)、大学発ベンチャーの産み出す<日本発コアテクノロジー>、そして若い世代=学生達がさっそうとした教授や企業の派遣研究員・エンジニアに対して抱く憧憬が、この国の未来に欠かせない。