第8回 "大学発ベンチャー"・・・起業するときの留意点



 大学発ベンチャーのIPOを現場から支える一人として連載をお受けしてから一年が経とうとしている。当然ながら今回が12回目となるところではあるが、なぜか8回目となってしまった。Webサイトを主宰している出口さんには、いつもご迷惑をかける事となってしまった。期日がきてもついつい滞りがちな私に対していつも辛抱強く待っていただいたことが自分を甘えさせ、ひいてはお互いの信頼を失うリスクもあっただろう。人間的に大きな出口さんからは、今回で一区切りとする旨のご好意も戴き、私の信頼も首の皮一枚が残ったのかも知れない。最終回にあたり、これからベンチャーを起こそうとするときの留意点についてご報告したい。皆様のお役に立てば幸いである。

@ 大学発ベンチャーは最後の手段
 事業を実現するために起業をするには大変なエネルギーを必要とします。
 大学の知の社会還元は非常に意義の高いことではありますが、ひとたび、自ら起業し事業を起こすとなると話は全く別になります。マーケティング、事業計画の策定、公認会計士、弁護士を始め様々な人たちの助けがあって初めて会社を設立し運営することができます。シーズを創出することとシーズを事業化することは全く別の次元の話と認識すべきです。シーズがマーケットで成功するかどうかは専門家に任せ、そのロイヤルティーを収入とするのが最良の選択です。勿論失敗したときのリスクを負う事もありません。そういう意味では大学発ベンチャーを起業することは最後の手段ともいえましょう。

A IPOはベンチャーを起こすときの目的ではない
 この内容については、以前にも言及した事でありますが、IPOをするために起業するのではありません。事業の推進にあたり、必要な経営資源を獲得するためにIPOを手段とするのです。また、会社は何のために作るのかといえば、提供するサービス財がそれを利用する人たちの生活の向上に寄与するからです。お客様の利益を最優先に考えない事業はどの世界でも成り立ちません。

B 民間のベンチャーも大学のベンチャーも扱いは一緒、甘えは許されない
 "大学発ベンチャー1,000社"が一人歩きした時がありましたが、何事にも数値目標があったほうが走りやすいのはどこの世界でも同じです。最近、経済産業省は当面の数値目標を絶対数から、よりレベルの高いIPOの実現100社に変更しました。一番大事なことは、徒に数を競うのではなく、真に知の社会還元に貢献するベンチャーが続々と生まれる事です。民間のベンチャーは必死になって毎日を生きています。ままごと遊びと揶揄されないレベルの大学発ベンチャーの誕生が望まれます。

C 「知らない」と正直に言える勇気
 大学の先生が「偉い」のは専門の分野での話です。故あってベンチャーを起こして事業を行うときには真理の探究では知りえなかった知識も必要となります。元々、大学人は理解する事には特有の能力を持っているのですから、知らない事は「知らない」と素直に認め、然るべき人の指導を仰ぐか、効率の良い方法で修得するかをしなければ、大事な局面で大きな失敗をする事になります。

D ベンチャーキャピタルからの出資で錯覚しないこと
 ベンチャーキャピタルが出資をするのは、その事業に可能性があるから投資を行うのであって事業の成功が確実だからではありません。一般に、出資した企業の10パーセントがIPOをすれば成功と言われています。野球の世界と同じで3割バッターは優秀です。1社当り2〜3千万の投資は、試しの金額です。出資をしてもらうことはそれだけで意義がありますが、それがイコール成功の証であるとは言えません。

E IPOに持ち込むまでにはたくさんの人々のサポートがある
 株式上場は、不特定多数の株主の利益を担う、という意味で責任が重大になります。上場企業が証取法の規制下にあるのは、株主に対して、大きな責任を持っているからです。そのために、たくさんの関係者(サポーター)が登場してきます。証券取引所、幹事証券会社、銀行、公認会計士、監査法人、弁護士、証券代行機関、企業内容開示関係者、社外取締役等々。その人達が倫理的に確かであることは勿論の事、業務もきちんとこなせる人が揃って、初めてIPOが実現できるのです。

F どの様な人とパートナーを組むのか
 「類は友を呼ぶ」の言葉にある通り研究者の立場にあるときは、素晴らしい友達に囲まれた世界にあります。起業するときには、勿論本人の人柄を現す様な素敵な人材が集まるのですが、よりたくさんの参加者が必要となったとき、たまたま運悪く、色合いの違う人が入ってきたりするところからボタンのかけ違いが始まります。当初から最も信頼のおける人物を側近に置き、常に不要な者を排除できるようにしておく事が重要です。

G 大学人の本分は研究と教育
 大学の先生が大学発ベンチャーの社長を兼任している事が希にあります。言うまでもなく、大学は研究と教育が本分ですからベンチャーの社長を務める程甘くはありません。同様に商法では、取締役はその役割を忠実に務めることが求められています。二足のわらじを履くことは、学生も株主も裏切ることになります。大学発ベンチャーの社長を誰に務めてもらうか、企業としてどのような人材を配置していくかは、それまで生きてきた人生の鏡と言えるかも知れません。

終わりに、
 これまでお付き合いいただきましてありがとうございました。21世紀の日本経済の行方も産業のイノベーションも、成功の鍵は大学にあります。お互いにその役割を十分に認識し人類の幸福に貢献したいと思います。個人的には、一つでも多くの大学発ベンチャーが誕生することを望んでいます。よろしくお願いいたします。また、どこかでお会いするかも知れません。その時は気軽に声を掛けてください。

ご意見、ご感想をお寄せ下さい hirao-04xx@jp.nomura.com