第4回 証券取引所について−(2)
【上場申請とは「IIの部」を作る事】
IPOの作業で一番ハードなものが上場審査であり、申請書類(IIの部:にのぶ)の作成です。そのために用意する資料は小型トラック1杯分にもなると言われてきました。いわゆるプライベートカンパニーからパブリックカンパニーになるためには多面的に企業のレベルアップを図らなければなりません。
証券取引所は企業が投資対象としてふさわしいパブリックカンパニーになっているかどうかを審査し、自信をもって市場にデビューさせる使命を持っています。そのための審査を行うときの基本的な資料がIIの部ということになります。
それでは証券取引所では何を中心に審査をするのでしょうか?例えば東京証券取引所が提示している「上場申請のための有価証券報告書(IIの部)記載要領」は説明書だけでA4版34ページにも及ぶものですが、これを読んでいくと取引所が何を求めているかを推測する事ができます。
以下、主な審査内容についてあげてみると 先ずは前提として ・企業内容が社会的に意義をもっているかどうか ・どんなに儲かる会社であっても根本的に社会的な意義、我々の生活に役立つ事業内容でなければ市場にはデビューできません。これを踏まえて
(1)上場を申請した理由 どの様な経緯で上場を決意し申請をするに至ったか (2)継続的に利益を計上できるような仕組みになっているかどうか 業界の認識と動向及び当該企業のビジネスモデルの確認 (3)将来にわたって高い成長性を維持できる体制になっているか 業界の将来性を確認すると伴に、他社との競合に関してその優位性や独自性が確立されているかどうか (4)コンプライアンスの確認 コーポレートガバナンスについて、経営者を始めとする役職員の資質が一定のレベルで確保され、リスク管理体制が構築され日常から実践されているか (5)企業内情報の開示体制 株価の形成に大きな影響を与えるであろう企業情報を適時開示する体制を整えているかどうか
各証券取引所はこれらの内容について「IIの部」を中心に書類審査から始めます。少ない会社でA4横サイズ150ページ、多い会社ですと300ページを超えることもあります。企業によっては専門のスタッフを調達することもある位ですからIIの部の重要性がいかほどのものであるかが伺えます。企業はIIの部を作成する過程で、抱える弱点や不足している部分を実際に現場でも補っていきながら会社を作り上げていきます。IIの部を書き上げる過程が、即ち、その会社がパブリックカンパニーとしての要件をひとつひとつ整えていく過程でもあります。その意味で「にのぶ」から発するひびき、持っている重さ、神聖さにはこれにかかわった人々全員が、それなりの意味を持っている言葉ともいえます。
【新市場からIIの部が消えた!】
さて、前回ご紹介した「新市場」では、IIの部の提出が不要となりました。
最近5年間で上場した企業数が793社にのぼりますがそのうちの261社はIIの部を作成しない状態で上場しています。株式上場を大学進学に例えるとすれば、IIの部の作成は入学願書を書き込んで試験に臨む時と言えます。そんな中で、推薦入学とか、入試免除という制度ができ、「これまでとはちょっと違った大学生が現れた」と言う状態かも知れません。
新市場の創設は、ナスダック(現在ヘラクレスに変更)の日本上陸がきっかけとなっています。過去の実績を基に投資家保護を重視した「厳しい」審査から、アメリカ流の投資家責任に軸足を置き、将来性を重視した「やさしい」審査方法になっています。本業の売上高が計上されていて「高い成長の可能性を有していると認められる企業」であれば利益は赤字でも上場できると言うものです。当然実績の薄い社歴の新しい企業が登場しますので、一定のリスク情報を開示することと引き換えにIIの部の提出がなくなりました。
乱暴な言い方をすれば、IIの部を書けないような企業も上場できるようになった、ということです。全てがそうだとはいえませんが、粗製濫造と言われても否定できない状態と言えます。
そういえば、マザーズ4/129とヘラクレス10/123という数字があります。これは開設以来、その後にIIの部を作成して市場をステップアップしていった企業数です。ヘラクレスの企業は上方志向が強いということなのでしょうか。それとも居心地が悪いと言うことなのでしょうか・・・以下次号に続きます。
(このレポートは筆者の個人的見解であり、筆者が所属している野村證券(株)の見解ではありません)
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