第2回 なぜIPOなのか?



 私はこれまでに様々な中堅企業のIPO支援をしてまいりましたが、その社長さんに初めてお会いした時にまず「あなたの会社はどうして株式を公開しなければいけないのですか?」と聞くことにしていました。

 株式公開は事業のゴールでもなければジャパンドリームの実現でもありません。ある意味では事業の利益を減少させ、自由奔放に行ってきた企業活動が制限されるスタートでもあります。

 株式を公開することは「不特定多数の投資家に投資してもらえる資格を得た」ということですが、証券取引所にデビューすることはいわば社会的公器のなかに身を置くということになりますのでたくさんのnotとmustが生じてきます。そのときに投資家に対して全ての面で正義と公正と公平であることが要求されます。

 先ずは企業の内容を正確に伝え、投資する対象としての判断材料を与えなければなりませんし、重要な企業情報としての財務データを他の企業と比較可能な一定の様式に則って開示することが義務付けられています。さらに日々変化する企業活動のなかで、投資家に必要と思われる情報は直ちに開示・公表しなければなりません。

○ 証取法ベースによる会計監査にかかる費用・・・監査法人への報酬
○ 証券取引所に上場しているための費用・・・年賦課金
○ 株主名簿の管理、株主への通信・配当金の支払い手続き等にかかる費用・・・証券代行会社への報酬
○ 現在の投資家に限らず潜在的な投資家に対する情報発信・・・IR活動に関する費用

以上が上場後恒常的に発生する主要な費用項目です。最低でも3、000万円から5,000万円程度が必要であり、上場に際しては上場審査料金、株式発行手数料、その他費用もかかります。

 上場後5年間で1億5千万円から2億5千万円程度の金額が上場を維持するだけで消えていくことになります。又、社員の皆さんも日頃からインサイダー取引違反等に抵触しないように公開企業の社員として相応しい行動をとらなければなりません。

 ある程度の利益が恒常的に計算できるのであれば、身内の人たちでその果実を配分し、余計なルールに縛られず楽しく企業活動をするほうがいい、ということになります。勿論最近騒がれているような、嫌いな人に会社を乗っ取られる心配もありません。

 さて、それでは以上のようなデメリットがたくさんありながらなぜIPOを目指すのでしょうか?答えは二つあります。
1. 株式を公開することによって大きく飛躍することのできる資源を手に入れるため
2. 研究開発型のベンチャー企業のように、事業化までたくさんの研究費用が必要であり、その資金をベンチャーキャピタル等に求めざるをえないため

1. は他社との競争に勝つためや、事業計画の実現を大幅に短縮させるために有効な資源として「お金」・「人材」があり、まれに「知名度(ネームバリュー)」を獲得することができます。
2. はバイオベンチャーが代表ですが、大企業は当然のことながら研究初期の段階ではリスクを取りませんので有望なベンチャー企業がその役割を担うことになり、ベンチャーキャピタルの資金回収の手段としてIPOが有力な手段となります。

 私の経験では、「(ただ単に)公開会社の社長というものになりたい」とか「会社を上場して大金持ちになりたい」と言われる方がたまにいますが、ちょっと違うような気がします。

 会社は誰のものでしょうか? 会社は誰のためにあるのでしょうか?
 DNDにも寄稿されている森下氏は、糖尿病患者が足を切断しなくてもよい治療法を開発するために起業し、その考え方に賛同した投資家が株主となりました。株主一人一人はアンジェスMGのオーナーとして一日も早い実現を期待し、企業を支えています。企業の将来への可能性や期待度を含めて「時価総額」の計算は重要な事柄ですが、氏の持株の時価総額の計算は枝葉末節の事柄でもあります。

 次回は「IPOのステージ:証券取引所というもの」についてご報告いたします。
(このレポートは筆者の個人的見解であり、筆者が所属している野村證券(株)の見解ではありません)

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