第8回 大学の技術移転機関


 日本で、昨年当たりMOTが流行する前は、TLOが流行っていた。経済産業省も音頭をとって、日本中の大学に技術移転を目的とした機関が設立された。当時は、国立大学がまだ国立だったので、国有特許化を避けるために各大学とも一捻りも二捻りもした難しい組織を作り上げたが、今般、独立行政法人となり、既にできてしまったTLOの扱いについて再考が始まっていると聞く。
 しかし、本コラムは日本のことを書く場でもないので、今回はシリコンバレーの有名大学のTLO(アメリカではOTL)を見て意外感があったことを中心に紹介したい。

●大学で行われた発明は大学のもの

 この点は既に数年前のTLOブームの際にも散々強調されてきた。まず、連邦政府の資金によって大学で行われた研究の成果については、「バイドール法」(1980 年アメリカ合衆国特許商標法修正条項の通称)によって、(連邦政府ではなく)大学や研究者に特許権を帰属させる余地が認められると規定されている。

 実際には、例えばスタンフォード大学にファカルティとして採用される際には、大学で行った研究の成果は大学に帰属するという合意文書にサインをさせられるので、連邦補助金による研究成果について、研究者個人に特許が帰属することはない。スタンフォード大学のファカルティになりたい人は世の中にいくらでもいるわけだから、このディールは大学側が圧倒的に強い。かくして、大部分の特許は大学に帰属することになり、その管理を行っているのがOTLである。

 しかし、それでは発明者に旨味はないのかというと、そのようなことはない。再びスタンフォード大学の例では、実用化に結びつき、実際に特許料収入がOTLに入ってくると、まず15%はOTLが手数料として懐に入れ、残りを発明者、学科、学部で三等分するというのが基本ルールとなっている。この基本ルールはカリフォルニア大学(UC)でもほぼ同じであり、特許の所有権と管理は大学に移管するものの、ライセンス料収入は発明者であるファカルティにも適切に分配されるというのがポイントである。
 また、企業との共同研究でも、大学のファカルティである研究者個人に特許が帰属することはなく、企業と大学が特許を共同保有することになり、大学の保有分についてはOTLが管理することになる。

 このような仕組みに基づき、各大学ともOTLは相当に強い権限を持つことになる。例えば、学術論文として発表するタイミングに関してOTLが発言することも発生する。なにしろ、特許申請する前に学術論文として発表されてしまえば、パブリックドメインとなり特許化するのが非常に難しくなるからだ。

●何でも特許にするわけではない

 日本のTLOの話を聞くと、保有する特許をどのように売るか、セールスマンのような行為に頭を悩ませているように見える。あえて、単純化して述べれば、アメリカの大学のOTLは特許の販売に頭を痛めることはない。なぜならば、最初から買い手の付く発明を特許として申請するからだ。

 UCの例で言えば、研究室で行われた優れた発明がOTLに持ち込まれると、まずその段階でお客探しが行われる。ただし、通常は研究室のファカルティの方が常日頃からいろいろな企業と共同で研究を行っているので、使えそうな発明が行われるとその時点で「つば」がつけられていることが多い。そして、そのような企業を第一号のライセンシーとして想定しつつ、特許の申請が行われる。

 これは、使える特許を生み出すという観点から、非常に重要なポイントである。一般的に、特許というものは、その書き方、外縁の定め方によって使える特許にもなるし、使えない特許にもなると言われる。その点、最初から使いたい人が一緒になって特許のフレームを定めていくのであれば、当然その企業にとって使いやすい特許になる。
 特許申請料も、大学が申請者であるから大学が支払うわけだが、その料金は後に特許料収入の中から精算される形で、特許のユーザー企業に負担されていく。

 しかし、このような特許申請に関する戦略は、米国が世界の中で孤立しつつもいまだに先発明主義を採っていることと無関係ではない。必ずしも申請行為をしなくても、先発明が証明されれば、後々裁判で戦えるからだ。

 UCバークレーが中心になって行っているCITRISと呼ばれるIT系の産学連携プロジェクトの場合では、産学連携を円滑に行うために、あえて大学は特許申請を行わないという話も興味深い。特許前段階の基礎的研究は大学内の施設を使って共同研究を行っているが、実際に企業が自分の特許にしたいような、いわば生臭い段階に至れば学外に研究場所を移させ、最終的にはスポンサーである企業側に特許の所有が行くような仕組みを自ら作っているという。
 このあたりにも、後述するようにOTLは小銭稼ぎが目的ではなく、他の大きな目的のための手段であるという発想が貫徹しているように感じられる。

●OTLは儲からない

 売って儲かる特許というのは非常に限られている。現実にはライセンス収入を稼いでいるのは、バイオ・医学系、または材料系の一部の特許が中心である。UCの場合では、稼ぎ頭はB型肝炎ワクチンで、2003年の実績も年間20百万ドルと圧倒的に多い。ちなみに、年間収入ベスト5のうち4つまでは医学系の特許、残る一つは農作物の品種改良である。実にこの5つの特許でUCのOTLの全収入の55%を稼いでいる。以下の20特許で22.5%を稼ぎ、その他の1000近い特許で22.5%しか稼いでいない。こうしてみると、いかに一部の大ヒットが収入の柱となっているかが良く分かるだろう。

 このように、バイオ・医学系がOTLの収入の中心になっているかは、UCのキャンパス別の収入にも表れており、トップはバイオ・医学系の単科大学であるサンフランシスコ校、第二もバイオで有名になったサンディエゴ校、さらに医学部が有名なLA校、農学部が有名なデービス校と続き、青色ダイオードの中村氏が行ったサンタバーバラ校は9校中第7位である。

 こうした傾向はスタンフォード大学でも大同小異であり、長い間コーエン・ボイヤー特許(遺伝子組み替えの基本技術)がライセンス料収入トップに君臨して他を圧倒していたが、数年前にこの特許期限が切れたところで、OTL全体の収入が大幅に減少した。

 しかし、上記のB型肝炎特許ですら年間20百万ドル程度の収入であり、UC9キャンパスの年間ライセンス料収入を全て合計しても67百万ドル程度に過ぎない。これは、日本円換算で約70億円であり、経費を差し引くとOTLの純収入として発明者などに分配されるのは35憶円強だから、多額の外部研究委託費や寄付を受け取る有名大学にすれば、決して大きな金額とはいえない。

 では、アメリカの有名大学にとってOTLとは何なのか。
 一つの有力な答えは、大学の研究能力に対する社会の評価を高め、その結果として企業や連邦政府を含む公的部門からの受託研究費を受け取りやすくするというものである。むろん、せっかく保有している特許があり、また特許化できる発明が日々行われているのであれば、金額の多寡に関わらずそれを収入に結びつけることは結構なことである。また、特許という制度を通じて、大学が行った科学技術研究の成果を社会に還元していくことも重要である。だからこそ、「ユーザーに使いやすい特許として申請する」という考え方が尊重される。

 同時に、ライセンス収入は発明者にも応分に配分されるので、研究者のインセンティブになることは間違いない。それは、「世間に役立つ」研究へのドライビングフォースになり、委託研究費の拡大に結びつく。
 というわけで、米国の大学のOTLは、特許を売って利益をあげるという目先の視点で運営されているようには見えないのだが、いかがだろうか。