室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【Vol.19】

若手起業家にエールを送って新たな道へ



2月某日

 応援してくれている皆さんには突然の話で申し訳ありませんが、藤井は3月末で室蘭工業大学を退職し、山口大学農学部に助教授として赴任することになりました。かつての大学ではコネに強く依存した教員人事(採用・昇任等)が主流でしたが、最近では完全なガチンコ勝負で全国に公募をかけて教員を選考する人事が増えつつあります。
 私自身も他の若手同様、『独立したポジション(一般には講師以上)に一日でも早く就いて、もっと自主的に、上司の意向に影響されることなく研究を進めて行きたい』という野心を一人前に持っていました(と言うより、野心だけ一人前?)。他方、これまで皆さんに注目していただいた浄化装置の事業化もぐっと現実味を帯びてきており、大学人として環境ホルモン分解菌に関わる機会もそろそろ終わりに近づいています。
 つまり、新しい研究テーマを開拓する時期にあるということです。このように、平成16年度は私の大学人生における大きな節目の年であり、自身のキャリアアップのためにも、新しい大学でのポジションを摸索してきました。その結果、山口大学農学部の助教授候補として採用が決まったわけです。

 『室蘭工大の助教授に昇任して、これからも室蘭で研究をすれば良いではないか』というご意見もあるかもしれませんが、国立大学では各大学で教員の定員枠がきっちりと定められており、原則的には誰か上の人が辞めてポストが空かない限り昇任は有り得ません。これは制度上仕方のないことです。
 そこで私には二つの選択肢がありました。一つ目は、いつ空くかわからない上位ポストを今後何年間も待つ、という方法。二つ目は、他大学で現在募集中のポストに応募して採用される(当然、全国から殺到する応募者との競争になる)、という方法です。
 前述のとおり私は野心だけは一人前ですし、今が一番頭も体もよく働く年代であることから、一日でも早く自分の研究室を持ちたいと思い、迷わず二つ目の選択肢を選びました。また、他大学の先生方と接することで自分にないアイデアや技術に触れられるという期待もあり、これは他大学に移る場合の大きなメリットのひとつであると思います。そういうわけで、私の転任はプロ野球に喩えるとFA選手の移籍のようなものですので、何も心配される必要はありません、今後も応援していただければと思っています。

 バイオトリートでの私の立場については経営陣と相談中ですが、バイオトリートの所在地、そして経営陣、室蘭市、北海道経産局、そして学長から頂戴した恩を考えると、バイオトリートは山口には持っていかずに、室蘭工大の大学発ベンチャーとして北海道に置いて行くことが最良の方法であると思っており、その方向で話が進んでいます。経営陣も人事の話を切り出した時は非常にビックリしていましたが、大学研究者としての私の将来を考えて快く了解してくれましたので、皆さんもご安心ください。


室蘭港

●特許、起業を経験して感じたことを最後にまとめてみます。
 今後起業を考えている若手研究者の方の参考となれば幸いです。

 @特許を潰さぬよう配慮すること。我々研究者は論文を学術雑誌に投稿したり、学会で発表することで自分の成果を世に公開します。これが我々研究者の“仕事”であり、しかも分野の似通った競合相手がいる場合も多いことから『一刻も早く自分のデータを声高に喋りたい』というのが本音です。しかし特許に関しては原則的に出願まで研究成果を黙っていなければなりません。これは研究者にとって結構辛いところです。しかも特許出願にあまり縁のない研究者はここらへんの認識が非常に甘いので(特に私!)、うっかりポロッと講演で喋ってしまい、特許を潰す危険性があります。

 A出来る限り経営は企業人に任せること。我々大学研究者は教育・研究はできますが(できない問題研究者も最近多いですが)、企業経営となると多くの場合は全くの素人、あるいは素人以下です。ですので、経営の舵取りを出来る人材を味方としてつける必要があるでしょう。『俺が作ったベンチャーじゃ〜!』とばかりに意気込んで起業本を片手に経営まで手を出すのは、知識も経験もないのに荒波の中を航海するのと一緒で、こんな状態では安全な船でさえも容易に沈没するでしょう。経営に自信があるのでしたら別ですが。。。

 B大学本務と起業の両立に神経を使うこと。経営にまでは手を出さないほうが良いと上で言いましたが、これは本務との両立にも関係してきます。いくら大学ベンチャー、起業と言っても、やはり我々の本務は大学での研究・教育であり、この本務が何よりも第一優先事項です。ズバッと言ってしまうと、大学研究者である限りはベンチャーはその次に続く事項です。ここを間違えると職務怠慢で解雇されても文句は言えません。技術開発面については自分の研究室成果と直接リンクしますので問題なく注力できますが、経営までは本腰を入れることはできないと思います。休日の土曜・日曜や平日の夜間に経営参加するならば良いですが、普通の会社は平日の昼間に動いていますので研究者と経営者の両立は相当キツイでしょう(というより、本務を休職・退職しないと事実上不可)。その点バイオトリートは企業関係者を経営陣として迎えることができたので幸運であったと思います。これからベンチャーを作ろうとする若手研究者の方はここらへんについても考えておく必要があるでしょう。

 Cいろんな人に会ってベンチャーの夢をかたること。そして、具体的に動いてみること。大学ベンチャー設立までの私の経過を振り返ると、起業を強く支援してくれるキーパーソンとの出会いが要所要所でありました。その出会いが偶然もたらされた場合も多いです。でもいくら偶然と言っても、その偶然を呼び込むための努力は必要と思いますし、その努力があったからこそ出会えたと思っています。その努力とは、私の場合は研究成果のプレゼン発表と開発補助金の獲得でした。この2つを通じてDND出口氏をはじめ企業関係者、地域(道・市)の起業担当者、そして国(経済産業省)の産学連携担当者らと出会い、様々なご教示をいただいてきました。それらは大学研究室にこもっているだけでは絶対に教われないことばかりでした。それと面白いことに、キーパーソンとの出会いは次のキーパーソンを呼びますね。四方八方からやってくるわけではないです。考えてみれば、その業界で重要人物と呼ばれる人々はお互いを知っている場合が多いでしょうから、当然と言えば当然でしょうか。だから一人一人との出会いを大切にしたいですね。

 D最近では起業後5年間は資本金準備を猶予してもらえるようですが、起業資金はやはり最初から必要です。いくら“大学”ベンチャーであっても研究室内には事務所を置かせてもらえません(私立大は国立に比べて柔軟かもしれませんが、、、)。いくら研究成果の社会還元のためにやるのだと説明しても、1つの民間企業として扱われます。よって、大学外に部屋を借りて事務所を構える、維持する、社員雇用、雑費購入と言った費用はやっぱり必要です。結構かかります。バイオトリートの場合は、齊藤崇・経営担当取締役の経営する会社(道南清掃)の1室を廉価で借りて会社にしています。バイオトリート宛に電話がかかってくれば齊藤さん、あるいは道南清掃の方が出てくれます(皆さんの御厚意に本当に心から感謝しております)。バイオトリート社員・役員には報酬がありません。こういう感じで極力出費がかさまない方策を採っていますが、それでもやはりお金はかかるものなのです。

 E若手がベンチャーを作れる雰囲気か?今日では多くの大学で若手助手も自主的に研究を進めていけるように“建前上は”なっていますが、これから起業を目指す貴方の周辺はどうでしょうか。建前と中身が一致しているところは案外少ないです。これはある意味仕方がないです、日本人の文化が本音と建前の文化だから。??貴方が起業することで(=目立つことで)それを苦々しく思って潰しにかかる老教授はいませんか?何で他人のやる事に嫉妬するのか、その心理は私には理解不能ですが、そういう人が日本の大学にはいるのです。もちろん応援してくれる教授もいますし、その方々は今でも私にとって重要な人たちです。でも、“応援してくれる教授”と“鬱陶しく思っている教授”、どちらが多いですか?これも仕方がないです、なぜなら今まで年功序列を美徳とした社会だったから。先日『白い巨塔』を見ました。医学部ってドロドロですね。しかも笑ったのが教授夫人達の権力闘争。何でお前らが争うねん、と突っ込みたくなりました。『エグイねえ〜』と妻と苦笑いしながら見ていました。最近では医・歯学部以外ではあそこまでドロドロしたものはないと思いますが、貴方の所属学部はどうですか?東教授(財前助教授の上司)みたいに貴方の昇進に横槍を入れてくる危険性はありませんか?それとも、そういう連中を敵に回して孤高に起業していくだけの覚悟ができていますか?もちろん答えは人それぞれですので最後は貴方自身の決断になりますが、大事なアドバイスをひとつ、、、足元を掬われないように上手く乗り切れ!(笑)

  F起業本などに載っているモデルケースは重要?起業関連の本が沢山出回るようになっていますが、その中のいくつかで『ベンチャー設立までのモデルケース』という成功例的なストーリーが載っている場合があります。しかし、これは必要でしょうか?本に載っているモデルを見ると極力これに沿った形で起業しないと先行不安な気持ちに襲われるかもしれませんが、起業の数だけいろいろなケースがあるのでしょうから、あまり気にしないほうが良いと私は思います。モデルケースの大半は起業までのストーリーが非常に“綺麗”です。世の中をガラリと変えそうな技術(起業のネタ)があり、人材もすぐ集まり、お金も潤沢、中心となる理系研究者もビジネスに精通している。。。でも、こんな綺麗な起業なんて実際のところはあるのでしょうか。バイオトリートの設立は『お金ない、人材ない、ノウハウない、一般常識ない(私のこと)』の“4ない”からスタートしていますので、起業本の著者に言わせれば論外のケースでしょう。実際、某ベンチャーキャピタルの方からは大学教官である貴方のキャリアに傷がつくからやめときなさいと言われました。でも起業するのは本の著者や評論家ではなく貴方自身ですから、むしろモデルケースよりも実体験談の手記の方が役立ちそうですし、いろんな人の意見を聞いた上で、最後は自分の気持ちに正直になれば良いのではないでしょうか。

 考えれば他にも色々と出てくるかもしれませんが、今思いついた限りではこんな感じです。それでは、頑張ってください。


藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/