室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【Vol.17】

研究開発前進の中
国立大学法人化と狂牛病の不安


6月某日

 第5クール開始である。前回までの開発で、開発目標のひとつである“メンテナンスフリー(もしくはそれいに近い状態で)装置を長期間稼動させられること”を阻んでいた要因・有機性SSの発生を大幅に抑えられる見通しが付いたので、今回は、これまでの10mm担体に加えて、より目の細かい5mm担体での性能評価もやってみようと思う。

7月某日

 第5クール稼動開始1ヶ月目。そこそこ調子は順調であり、有機性SSの発生もほとんどないが、排水が若干白みがかる時があり、その時は浄化効率も少し低下してしまう。排水を入手することが意外に難しいので、やむを得ない措置として、処理後排水を再度貯水槽に戻して性能評価に再利用するという方法をとっているのであるが、恐らくこれが原因ではないかと思う。
 そこで、浄化槽の後ろに簡易の濾過装置を置いてみたところ、幸運にも問題が解決した。実際に装置を納入して処理する場合は排水の使いまわしはもちろんしないので、このような問題は発生しないと思うが、一日も早く新しい工場排水を入手したいものである。

8月某日

 今日、夕食時に妻との会話で出た話である。それは雇用保険の話である。例えばある会社を辞めて雇用保険をもらう手続きをする場合、その時点でどこかの会社の役員を兼務していると、たとえ役員報酬をもらっていようがいまいが、雇用保険を受け取ることはできないそうである。
 そこで妻からの質問。『では、教職員が解雇されて保険の給付を申請する場合、その教職員による役員兼業(大学発ベンチャーなど)はどう扱われるのか?無報酬であっても大学ベンチャーの役員を兼業していたら保険が下りないのではないか?』。

 何故こんな話になったかと言うと、ご存知のように今年4月から室蘭工大も含めて国立大学は法人化されたわけだが、教職員は国家公務員ではなくなったので“いつリストラで首を切られても”おかしくない世の中になったのであり、私ももし解雇されれば雇用保険を受ける立場にある、という話が会話の発端なのである。
 そこで『もしも大学を首になって、その時点でバイオトリートの役員を続けていたら保険下りないんじゃないの?それとも大学ベンチャーは産学連携の名目で国策的に進めている部分もあるから、無報酬の場合は特別扱いにしてくれるのだろうか』という話に発展したわけである。

 保険適用ルールとして『報酬の有無にかかわらず会社役員になっていれば保険は給付しない』ことになっているが、このルールは大学ベンチャーという想定は一切考慮されない時代に作られたものであろう。もちろん、将来的には大学ベンチャーも一般企業と渡り合っていけるだけの経営体力やノウハウを身につけて一人立ちする必要があり、それが常態化されて初めて大学ベンチャー政策が成功であると言えるのだが、現状を見ていると、確かにベンチャー1000社計画という“数”は達成されつつあるが、その中で一般企業と呼べるほどきっちりと自立できた大学ベンチャーはどれだけあるのだろうか。

 私のバイオトリートを含めて、多くの大学ベンチャーでは大学教員の役員報酬はゼロだと聞いている。従って、いくら“ベンチャー”という名を持っていても大学ベンチャーと呼ばれる組織は赤子同然(いや、胎児同然?)の企業であり、万一大学教員を解雇された場合、雇用保険を受けるために役員を降りる必要があり、その結果多くの大学ベンチャーが自動的に廃業を余儀なくされるのではないか、と思ったのである。そのへんの事情はどうなのだろうか、、、出口先生、ちょっと調べてみてくれませんか?

9月某日

 今日は前年度に受けた補助金の成果報告会が札幌で行われる。当初は大学本務との兼ね合いが心配され、『もしかしたら研究メンバーの別の人に出てもらうかも知れんよ』と言っておいたのだが、偶然にも当日は担当授業が入っていなかったのと、プロジェクトに室蘭工大のメンバーも参加していたことから、最終的には大学本務という形で堂々と行けることになった(旅費も出た)。

 しかし、講演した時にいつも思うことがひとつある。『私(あるいは、我が社)の抱えている技術的問題をバイオで何とかできませんか?』という問い合わせが来るのだが、それ自体は私の講演に対する反響として素直に嬉しいのだが、その中に“どう考えてもバイオでも如何ともし難い”問題を持ってくる御仁がいる。しかも、その人の研究状況を聞いていても科学的な合理性に欠け、『悪いけど、あんた誰かに騙されてるよ』とアドバイスしたい場合が多々あるのである。
 もしあなたの言っている現象が本当に現実に起きているのなら、そりゃノーベル賞もんでしょ。私のところに来る前にカロリンスカに行ってください。バイオに対してある種の誤解を抱いている方に申しあげます。バイオも他のテクノロジー同様、科学技術の一分野に過ぎません。バイオで解決できることもあれば、解決できないことだって沢山ありますので、何でもバイオで夢のように解決なんて思わないでください。

10月某日

 バイオトリート経営陣の尽力のおかげで、新しい産業排水が入手できそうな見込みであり、ほっとしている。またもうひとつ話題。分解菌を培養する前に担体とブイヨン(培養液)をドラム缶でぐつぐつ煮込んで殺菌する工程があるのだが、ステンレス製の豪華なドラム缶を楢崎さんが作り上げたのである。作業現場が海の傍であることから、これまでの作業ではドラム缶内部がすぐに錆付き、作業“直前”に綺麗に磨いておかないと担体やブイヨンに錆が付着するという問題が起きていた。これでもう頭を痛めなくて済む。装置量産が何だか現実味を帯びてきたな〜。非常にカッコいいドラム缶である。いや、ドラム缶という呼び名は可愛そうだ。『楢崎式・培養液製造装置』と命名しよう。


『楢崎式・培養液製造装置』


 そのようなわけで試運転第6クールに入ろうと準備をしている矢先であるが、困った問題が起きた。分解菌を培養するときに、その培養液成分としてこれまで肉エキス粉末を使ってきたのだが、、、、そう、勘の良い人はお気づきのとおり、あの狂牛病問題で、肉エキスがどのメーカーも製造中止になったのである。
 最初出入り業者に問い合わせた時はメーカーの在庫切れという説明を受けたが、納期等をもう少し詳しく調べてくれといったところ、そういう背景があることが判明した。急いで代替品となりそうな培養成分を探し、売り切れにならないうちに何とか大量入手できた。
 
 あの狂牛病、結局は効率ばかり優先してきたツケが回ってきたということだろう。もちろん、社会に安い牛肉を供給することは非常に大事なことであり、効率を求めることは何ら悪いことではない。しかし、その効率の求め方が問題だったのだ。
 狂牛病蔓延の原因は飼料に混ぜていた肉骨粉が原因らしいが、早い話が草食動物の牛に長年共食いをさせていたわけであり、そんな自然の摂理に反したようなことをしていたら、そりゃやがては変なことも起こるだろう。。。

 そういえば私は大学院修士課程の時に牛の脳を実験材料とした研究をしていた。興味をあるタンパク質を牛脳から精製していく研究をしており、食肉市場からもらった牛脳をフレンチプレスで磨り潰したりしていたが、まさか発症しないだろうな。。。
 まあ、当時異常な形をした脳を扱った記憶はないから感染はしていないと思うが。。。うん、きっと大丈夫であろう。
 しかし、そのうち今回の代替品まで製造中止になったりしないだろうか、非常に不安である。狂牛病、一般家庭の食卓だけでなく、実験室にもその影響が出始めているのである。


藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/
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