室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【vol.13】

事業化へ向け議論伯仲!!

平成15年7月某日


 現地で浄化装置が稼動し始めて数週間が経過するが、浄化装置の性能が良いときとイマイチな時が交互にある。そして性能の悪い時はほぼ決まって採水サンプルが硫黄臭いのである。つまり浄化槽内が嫌気的になっており、空気供給に何らかの問題がありそうである。来週、清野・楢崎製作所事業開発室室長が現地入りして原因を調べてきてくれるとのこと。

室蘭のお祭り「スワンフェスタ」に出展。ミニチュアの浄化装置とバイオトリートの紹介パネルを展示した

 

 大学院時代に環境ホルモン分解菌を見つけてから約5年が経過しつつあり、開発中の排水浄化装置が実用化できれば、基礎から応用まで一応ひととおりの研究が終了する。

 つまり、次の柱となる研究テーマを模索し始める時期に来ている。では何をするかって?それは言わない。幾つか頭の中で考えていることがあるのだが、それは家族にもうちの教授にも言わない。

 別に意地悪しているわけではない。理由の一つは、頭の中で考えているテーマが本当に『これからまた何年かかってでも追求する』価値があるものなのかを見極めるための段階であること。ビジネスで言うところの"市場調査"みたいなものをやっている段階なのである。

 新規テーマの選定基準、それは研究者によって様々だとは思うが、私の場合はありきたりではあるが@学術的に面白い(過去に研究例がない)A生物(特に微生物)工学の分野であることB成功すれば、その成果を社会や産業界に還元できること、の少なくとも3つがある。

 もう一つは、誰にも言わずこっそり次のテーマについて企むことが結構楽しいのである。これは若い会社員が、決定権を持つ上司に自分が密かに温めている新企画案をぶつけるまでの『見てろよ〜、今度の会議でびっくりさせてやっから』という野心的は気持ちに似ているかも知れない。



8月某日

 数日前より実地試験現場に入って浄化装置の微調整をしている清野室長から連絡。以前から浄化装置内への空気供給に課題があり何度か現地で微調整をしてくれたのであるが、なかなか根本的には解決されないため、浄化装置内部の掃除と空気供給系の一部改造をするために現場入りしてくれていたのである。

 清野室長によると、トラブルの原因は、、、と思ったが、それは本稿では敢えて書かない。というのは、私の不用意な一言が将来の特許を潰す危険性があるのではないか、と不安だからである。

 以前にも書いたが、私の何気ない成果発表がエストラジオール分解菌の特許を潰しそうになり、事前に気づいた北海道tloが発表前に間一髪で防いだ事件があった。

 初回の性能評価であることからなかなか理想的な運転はまだできていないが、安定した稼動条件(主に浄化装置内部の溶存酸素量)になれば浄化能力を回復するので、9月中旬からの第2クールではこれらの問題点を改善して綺麗なデータを取りたいものである。

 今後は現地に乗り込んで分解菌培養から装置組み立てまでを一貫して行おうと考えているのであるが、これは事業化した際の"納品"の予行演習にもなると思う。



9月某日

 バイオトリート取締役会が社内会議室で行われた。取締役が全員集まれるのは久しぶりである。議題は地域コンソ終了後の開発装置事業化に向けて今何をすれば良いのかについてである。そのために、バイオトリート経営陣が開発中の排水浄化装置の簡易パンフレット(バイオトリートの簡易パンフも兼ねている)を3000部作ってくれていた。

 さてこれをどうするか、dmで環境・バイオ企業に送るか、とも考えたのだが、そのようなやり方では送ったdmの99%は開封前にゴミ箱行きだろう。それよりも興味を持ってくれそうな人々が集まるような場にピンポイント爆撃するほうが有効だろう。

 つまり、我々のベンチャーそして開発装置に興味を持ってくれそうな方々や団体に限定して数十部ずつ送り、『興味を持っている人をご存知でしたらお渡しください』という形で行くのが得策ではなかろうか。

 というわけで、齊藤・経営取締役に動いてもらい、dndやtloが定期的に開催する各種イベントでの配布資料として置いてもらう段取りをつけた。他の産学関係の団体にも同様の方法でお願いした。パンフレットにご興味の方おられましたらバイオトリート・tel 0143-47-バイオー8100まで(ちゃっかり宣伝)



9月某日

 地域コンソの第2回研究開発会議。経産局からは前回も出席して頂いた産業技術課の佐藤さんとバイオ産業振興室の伊藤さんが出席してくださった。オブザーバーとして齊藤・バイオトリート取締役も参加。これまでの開発経過と今後の課題について報告した後、主に事業化についてディスカッションした。

 今回の会議資料の1つとして例の会社パンフレットを配ったのだが、@内容が専門的過ぎるA字が多すぎB科学技術よりももっと会社理念等ビジネスを意識したprが必要、等まだまだ改良の余地があることをアドバイザー、経産局の方々からご教示いただいた。

 パンフの内容は以前に齊藤取締役→菊池教授経由で話が来て私が書いたものであるが、どうも私自身が書くと難しく(=不必要に専門的に)書いてしまう傾向がある。その点、菊池教授は今スワンフェスタに出展する会社パネルを作成しているのだが、平易な表現でかつ大きな字体で上手くまとめている。

 企業経験者だからなのかは知らないが、こういうprや交渉等の対外的なことは若輩の私が言うのも何だが、結構上手にまとめてくるのである。一体どんな手を使っているのか、教えてくれと言っても『それは年の功だから』となかなか教えてくれない。

 いっその事、教授室に隠しカメラでも仕掛けてその交渉ノウハウを頂戴したいものである。バイオトリートに関しても私と一緒に技術担当取締役をやるのではなく、技術担当は私がいればokだから、いっそのこと営業担当取締役になってもらった方が良いのではないかとも思う。



9月某日

 本日より室蘭ではスワンフェスタというお祭りが開催されるが、その中に『ものづくり&サイエンス体感フェア』なるイベントがあり、それに我が大学ベンチャー・バイオトリートがブース出展する。

 室蘭に来て3年目に入るが、スワンフェスタという言葉は聞くことはあっても見に来たことは一度もなかった。基本的には幾つかのイベントと屋台がメイン、そして夜は花火が打ち上がるという感じのお祭りなのであるが、そのイベントのひとつに上記の『ものづくり&サイエンス体感フェア』があるのだ。

 約20の研究教育機関、企業、役所が出店しており、うちは3l サイズのミニチュアの浄化装置とバイオトリートの紹介パネルを展示する。今回のパネルは菊池教授が描いたのであるが、科学技術を専門としない人でも理解できる文章でうまくまとめている。私が描くとどうも専門的な文面になってしまうのだが、さすがは企業出身者、脱帽である。

 このイベントの目玉は室蘭工大主催のロボットサッカーコンテストなる催しであり、よく新聞でも報道されている。しかし意外なことには、ギャラリーは企業関係者よりもむしろ家族連れが非常に多い。へえ、室蘭市民は科学技術やビジネスについても常日頃から関心があるのか、、、とある種の感動を抱きつつあったとき、休日にこのようなお堅いイベントに家族連れで来ている理由がわかった。

 会場の一角で『アバレンジャー・ショー』なるものが開催されるのである。始まる20分ほど前から観覧席は子供・親達で満席である。○○レンジャーの歴史は古い。私はゴレンジャーで育った世代。ゴレンジャーの後、様々な○○レンジャーが放映されてきたが、やはりどんなに時代が移り変わってもやはり元祖のゴレンジャーが一番だと思うのである。失礼な言い方であるが、ゴレンジャー以降の○○レンジャーはある意味でゴレンジャーの焼き直しのようにしか思えないのである(飽くまで私見)。しかしアバレンジャーという名は暴れん坊という意味でアバレンジャーなのか?

 アバレンジャーが終わった後はロボットサッカーが始まるのであろう。今回初めて見るのであるが、参加者が自作のロボットを持ち寄り、サッカーの勝負をするらしい。あとで見てみよう。

 しかし、それだけのモノづくりの力があるのならば、学生ベンチャーを作ってみようという気はないのかな?それともやっぱり金がないのかな。。。私のベンチャーも言ってみれば"懐の寒い大学助手"が昨年に起業を思いついたのが始まりであり、それが1年後に本当に設立、半年経過の今でも潰れず存続している。

 最近では大学ベンチャー関連の講演や書籍が馴染みのあるものとなりそれらの中にはよくベンチャー設立の『モデルケース』が紹介されるが、どのケースを見ていても思うことは、会社設立資金が既に準備されていることが前提の場合が多い。だから本屋で立ち読みしていても(本屋さんゴメン)、『肝心の資金はどうやって集めるのさ』とそれらモデルケースに不満を強く感じたものだった。

 つまり会社を作るためにどうやって小金を貯めようかということに対してはほとんど触れられておらず、今読んでも、要するにトラブル、苦労、苦悩とかが盛り込まれていないから、どのモデルケースも所詮はモデルケースに過ぎないのである。

 なので、これから設立を考えている人はモデルケースというものはあまり参考にしないほうが良い。むしろ、モデルケースではなく、トラブル集やトラブルシューティングの方が有用である。

 そういう意味で、資金獲得に苦労した我々の起業ストーリーは『ベンチャー作りたいけどお金がない、どうしよう』と悩む貧乏研究者(または貧乏学生)にとって多少は参考になるのではないかと思うし、『なるだけお金をかけずに経営する』ということを今でも心掛けてやっている。

 潤沢な資金があれば起業自体は極めて簡単なことである(その後経営が続くかどうかは別として)。プロ野球で言えば読売ジャイアンツみたいなものであって、金に物を言わせて旬の選手を引っ張ってくるのであるから優勝して当たり前なのである。そんなジャイアンツに16ゲーム差つけて優勝間近の阪神タイガースは本当に素晴らしい球団である(ちょっと喩えが脱線した?)。


藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/