室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【vol.8】

そんなすごい人が代表取締役に!

平成14年10月某日


 室蘭テクノセンターに関係者が集まってベンチャー設立について話し合い。例の資本金5年猶予の法案の審議が遅れていることについて齋藤、中田両社長に話したが、たとえ資本金猶予とは言っても会社を動かすからにはお金はかかるのだから、ということで変わらぬ支援を約束してくれた。本当に有難うございます。

多くの人の協力を得てベンチャー設立への道筋がみえてきた。
「本当に有難うございます」と藤井氏
 室蘭テクノセンターに関係者が集まってベンチャー設立について話し合い。例の資本金5年猶予の法案の審議が遅れていることについて齋藤、中田両社長に話したが、たとえ資本金猶予とは言っても会社を動かすからにはbィ金がかかるのだから、ということで変わらぬ支援を約束してくれた。本当に有難うございます。

 しかし景気回復に最も必要なこの法案、何で審議が遅れているのか。彼ら(議員のセンセイ方)は一体何をしているのやら。時々国会中継で居眠りこいてるセンセイを見かけるが、何千万円という彼らの給料がどこから出ているのか認識しているのだろうか?それとも、センセイと呼ぶのは彼らが反面教師だからか?我々国民は私大医学部をはるかに超える随分高い授業料を彼らに払っているわけである。

 しかし大学ベンチャーに理解ある方々に支援してもらえて本当に良かったと思う。また、会合ではベンチャーの代表取締役に誰が就くのかについても話が及んだ。私(と菊池教授)としては、大学ベンチャーと言えども行く行くは一企業として成長させていきたいことから、企業経営というものを熟知している民間企業経験者が良いと考えてきた。

 兼業規制の改正により我々大学教官も一定の手続きを踏めば代取になれるのであるが、ビジネスに疎い我々が経営する会社ほど危ないものはない。しかもそれがリスキーなベンチャーとなれば尚更である。なので齋藤社長か中田社長になってもらえればと思っていたのだが、両社長は経営担当取締役にはなれるが、代表取締役として活動するほどの余裕はないとのこと。市の委員会の仕事など、本業以外の用事が多いそうだ。

 しかし彼らの間でどうしても代取に据えたい人物がいるらしい。『代取にするにはやっぱりあの人だよな〜、なあ?』いつも陽気な齋藤社長がもの静かな中田社長に言うと、中田社長も『うん、そうだね』。おまけに手塚専務理事まで『あ、俺も大体わかった。え何、あの人?』と妙に盛り上がりだした。

 一体誰だよ?そう私が思った瞬間、タイムリーに菊池教授が聞いてくれた。『えっと、その方のお名前は私どもが知ってもよろしいのでしょうか?』。すると、齋藤社長『いや〜、隠してたわけじゃないんだけど、楢崎製作所の加地鐵夫さんですよ』。

 加地さんは前・室蘭市助役であり、現在は室蘭の産業機械製造メーカー・楢崎製作所の常勤顧問として仕事をされている方である。なるほど、確かにビジネスについて熟知し人脈も申し分ないに違いない。もちろん大歓迎であるが、あまりに話のステージが飛躍したので正直びっくりしてしまった。そんなすごい人呼んじゃっていいのかな。。。

 わかり易い身近な例で言えば、我が阪神タイガースが名将・星野監督を獲得したような衝撃である(ちょっと大袈裟か)。齋藤社長によると先日加地さんを飲みに誘い出し、加地さんがいい感じで酔って来たところでベンチャーの話を切り出したそうだ。

 酒を味方につけた齋藤社長は何と加地氏からokの返事をもらったらしい。ところが翌朝、素面(しらふ)に戻った加地さんから『ちょっと待って、昨日の話だけど、、、』と電話がかかり、呑んでいない時にもう一度詳しく話を聞いてから決断したいとのことだった。

 勤務している楢崎製作所への配慮もあるだろう。そりゃそうだよな、嵌められそうになった加地さんも相当焦ったに違いない。近々この会合にも出席していただくことになる。そこでいかにして素面の加地さんに代取就任をokしてもらうか、私のプレゼン手腕が問われるわけである。『でも大丈夫、きっと引き受けてくれますよ』陽気な齋藤社長が答えた。


▲室蘭工業大の雪景色。北海道に来てあっと言う間に2回目の冬だ


11月某日

 本日はビジネスエキスポに出展。地域共同研究センターの塚原先生と一緒にブース前で過ごす。基本的には本学の地域共同研究センターのprが目的なのだが、大学ベンチャーを計画中ということで一応話題性があるのでpr要員として動員された次第である。ブース前でスタンバイしていたが、時間を有効利用するため、来客を待つ間に補助金申請書を書いたり、と雑務をこなす。

 昼頃、中小企業総合事業団の方々と会った。微生物探索をテーマに大学と共同研究をしたがっている企業がいるとのことだったので、『うちは微生物探しを得意としていますから』と本研究室を紹介してくれるようお願いした。

12月2日

 加地鐵夫・楢崎製作所常勤顧問を迎えてのベンチャー打ち合わせ。齋藤社長の策略に嵌りかけて危険を感じたのか、本人はオブザーバーと称して出席した。何と言っても加地顧問をその気にさせるのが今日の会合の目的であるから、写真とイラスト入りの資料を用意しておいた。

 いつものように手塚専務理事の司会進行で、まず私がベンチャー計画を発表、その後企業サイドから質疑。しかし、頑張ってプレゼンしてみたものの、分解菌を詰めた産業排水浄化装置というまだ誰も実用化したことのない(=参考にできる前例のない)事業であり、かつ、ビジネス経験のない私が書いた拙い事業計画も手伝って、加地顧問から代取okの返事を貰うまでには至らなかった。

 『行政でまだリスク評価中で厳しく規制をかけていない環境ホルモンの浄化装置が売れるのか(=今が売り頃なのか)』『どのようなルートで販売するのか』『宣伝広告はどうするのか』と事業の発展可能性について加地顧問から質問があった。  でも研究内容に興味は持ってくれたようだ。というのは、加治顧問が勤める楢崎製作所は元は造船業でスタートした会社であるが、最近では養殖業向けの海水浄化システム等水処理の分野でも製品開発を行っており水処理という広いカテゴリーでは分野がかぶってくるからだ。

 会社に戻ってから役員や開発担当者らにベンチャー計画を話してくれるとのこと。我々大学研究者がいくら成果の社会還元と声高に叫んでも、装置開発という形で成果還元する場合はやはり製造業者の持つモノづくりの力を借りなければ実現不可能であり、ベンチャー計画に参加してくれるメーカー(それも水処理分野の)が味方についてくれると心強い。楢崎製作所が興味を持ってくれると面白いことになりそうだ。

 それと今回、学長にも是非とも技術担当取締役に入ってもらいたいと企業側から要望があった。まだ代取就任は未定であるが、加治さんと学長が入ったら役員の顔ぶれがすごく豪華になるな〜、でも社員は一人もいないけど(笑)。

 学長は専門分野がバイオではないにも関わらず以前より私のベンチャー計画の進み具合を気にしていてくれたし、話題性という点からも確かに加地さんのお名前とともに大きな武器になりそうだ。菊池教授が会合終了後に学長に取締役就任を要請することに決まった。大学に戻ってしばらくしてから、菊池教授は難なく学長から了解の返事をもらってきた。  研究室に残していた仕事が片付いたのは9時ごろ。雪が降っていた。帰宅のために駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。北海道の車は面白く、暖機という操作を運転前に行う。運転の10分程前に予めエンジンをかけておくのである。

 極寒の中いきなり走り出すとエンジンに負担がかかるので、そうするらしい。北海道に着任して2年目に入ったが、北海道特有のものを見つけることが多い。例えば、私は居眠り運転防止に車内にチューインガムを常備しているのであるが、ガムが凍るのは多分北海道特有の現象ではなかろうか。氷結ではなく、ガムの組織が硬化するという感じである。

 そのガムを一枚口に含んだ。はじめはバリバリとポテトチップスのように砕け、噛んでるうち口の温もりと唾液でクチャクチャした普通の食感に戻っていく。温かい東京からやってきた私にはこれが面白く、まさに冬の風物詩である。北海道に来てあっと言う間に2回目の冬が来たわけである。そして冬の後には必ず暖かい春が訪れる。そして、自分のベンチャー計画にももうすぐ春が来てくれるのだろうか。



藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/