室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【vol.7】

「先生ベンチャー」やりましょう

平成14年10月某日


 本日は札幌の京王プラザホテルで北海道tlo主催の技術移転フォーラムがある。主に企業関係者の方々を対象に大学研究室で行われている研究成果を披露するフォーラムであるが、メディカル・食品、環境・化学、機械・電気・建設の3部門で合計15人の大学・高専教官が自分の成果を技術移転可能性と織り交ぜながら喋るわけである。

何と言っても先生の顔が気に入った」と社長にいわれた藤井氏
 そう、私にとってはベンチャー計画をプレゼンする格好の場なのである。来場者が数千人という大盛況なフォーラムであり予想通り時間が押していた。司会進行役から本来の持ち時間25分のところを20分で収めてくれと言われたが、私が昨日発表練習中に計ったら35分はかかるシナリオであった。

 というわけで、司会者には申し訳ないが『努力します』と言いつつ、35分ばっちり喋らせてもらった、わっはっは、すまんのう。

 私のテーマは「環境ホルモン分解菌の探索と実用可能性」。まず環境ホルモンという社会問題について概説した後、うちでは環境ホルモン・ノニルフェノールを好んで食べるこんな分解菌を見つけました、何とこんなに高濃度のノニルフェノールを効率良く分解します、ノニルフェノールは分解された後はアルコールになり環境安全性の点についても安心できます、分解菌を詰め込んだ小型の排水処理装置を作って試験稼動したら産業排水中のノニルフェノールが長期に渡って安定して分解されました、、、とこれまでの成果の要点を発表していった。

 そして次の章が本番である。『研究成果の社会還元』というサブテーマでベンチャー計画を披露した。これからは日本の環境行政も欧米並みに厳しくなっていく傾向にあること、しかし我々が環境ホルモンと呼んでいる物質は産業上有用なものが多くすぐに使用規制をかけるわけにはいかないこと、そこで環境ホルモン分解菌を利用した排水浄化装置を作り、それで産業排水を浄化できれば、産業と自然との共存は充分可能ではないか、と説明し、そこで本研究室の成果を社会還元するために大学ベンチャーを作りたい、食品残渣・油脂・bod等の『易分解性』の分野では様々な環境機器が市販されて市場も出来上がりつつあるが、『難分解性物質(環境ホルモンを含めて環境汚染物質と呼ばれるものの殆どはこれ)』は実用化例がまだなく市場も当然出来上がっていないから、今こそ我々の研究成果を活かして環境バイオベンチャー企業を作りたい、そのために『社長になってくれて、資本金の一部を出資してくれて、ご自分の事務所の隅にベンチャーの事務スペースを間借させてくれて、経理・財務を見てくれて、、、とこんな現役企業経営者の方を探しています』と素直に訴えた。

 そして最後に『こんな不景気なご時世に、何でもくれくれというのは厚かましい話ではありますが、このような神様のような方おられましたら私に声をかけてください』と申し訳なさそうに言って会場の爆笑を誘い発表を終えた。今回の発表では、興味を持ってくれている室蘭企業のことは言わなかった。というのは、先日の話し合いで室蘭3社はベンチャー計画について基本的には好意的な目で見てくれてはいたのだが、本当に支援が確定するかどうかは今後何回か更に話し合って決まるであろうから、敢えて名前を出さなかったのである。

 そしてもう1つ理由があった。それは室蘭を試してみたかったのである。今回の発表を聞いて札幌(または全国規模の)会社がベンチャー計画に乗ってきた場合、室蘭は慌てふためくだろうか、それともあっさり撤収するのだろうか。


▲藤井氏の研究室では環境ホルモン・ノニルフェノールを好んで食べる
分解菌を見つけた
 全国的に不景気な中、北海道、特に札幌圏以外のエリアの荒廃ぶりは凄まじいものがある。かつては北海道随一の工業都市であった室蘭も例外ではなく、市は『環境』をキーワードに新しい産業創生による地域再興を目指している。しかしこの鉄冷えにも関わらず、新日○製○や日○製○などの大手鉄鋼メーカーの政財界への影響力が今でも強いと聞いている。

 というわけで、科学技術による地域再生、それも鉄と全く関係の無い分野でどこまで室蘭が突き進むことができるのかを探ってみたかったのである。偶然にも室蘭工大に着任したわけであるから、地域貢献の意味からも室蘭で起業したいと思う。しかしあっさり引くようなら、札幌圏、いや東京、大阪等でもいいかな、と思っていたし、場合によっては着任1年目ではあるが私の研究に興味を持ってくれる新天地を探すことも考えねばならないと感じていた。

 しかし、たまたま会場に来ていた齊藤・道南清掃社長と手塚・室蘭テクノセンター専務理事の発表後のお言葉は私の不安を一掃してくれた。

『先生、ベンチャーやりましょう』

 発表が終わった後のロビーで齊藤社長はそう声をかけてきてくれた。手塚氏によると齊藤社長と中田・東海建設社長はベンチャー設立に極めて前向きであり、メイセイさんは事業分野が浄化ではなく測量であることから設立に直接参加することはないが困ったことがあったらいつでも言ってくれ、という感じで側面支援を約束してくれたそうだ。

 なので、二人ともベンチャー計画に名乗りを上げる札幌企業への不安というよりも室蘭のアドバルーンを札幌で高らかに上げてやったぞ、という表情だった。『何と言っても先生の顔が気に入った』いや齊藤社長、そういう決め方はやめときましょう。。。

 その後、北海道経産局・バイオ産業振興室の方々と会場外でお会いした。先日、技術移転フォーラムで札幌に行くので、発表後に開発補助金制度について教えて欲しいとお願いしていたのである。1階の喫茶コーナーでnedoのパンフ等をもらって開発補助金制度について紹介してもらったが、今のところ応募できそうなのは地域新生コンソーシアムと産業技術研究助成あたりか。しかしどの補助金も文科省と比べて桁が違うわ。数十万〜数百万円の科研費を血眼になってコツコツと稼ぎ集めている自分が悲しくなってきた。

 そして全イベントが終わってから懇親会。嬉しいことに何人かの方々に声をかけて頂き、とても料理に手を出している暇がなかった。そんな中、飯島・本学地域共同研究開発センター助教授が某ベンチャーキャピタルのアナリストを連れてきた。そして少し(というより、かなり)気になる話を聞く羽目になった。資本金5年間猶予の法律、国会審議がモタついており来年早々の制度開始は極めて微妙とのこと。『はあ、、、そうですか』。そう答えるのがやっとであった

藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/