起業への道
室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートします。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

不安はあるけれど挑戦してみるか

【vol.3】

平成14年7月某日

 順序が前後して申し訳ないが、ここで私のベンチャー計画と周辺の状況について読者の皆さんに紹介しておこうと思う。

▲「普通の企業が挑戦しづらいところを我々大学発ベンチャーが危険を承知で挑戦してみようと」と語る藤井氏
 私の研究室は微生物の産業応用を研究テーマの根幹としているが、中でも私が東京での大学院時代から精力的に取り組んでいるのが 『有用微生物探し』 である。今日の医学の発展から微生物学の多くは解明済みと誤解されることがあるが、これまでに微生物学者が研究してきた微生物は実は環境中に生息するものの1%未満なのである。つまり99%以上が未だ手付かずの微生物資源として眠っているのである。

 従って今後の研究によって産業(環境浄化を含む)に使えそうな新規の有用微生物が次々と見つかる可能性が十分にあり、事実、有用かどうかは今後の検討課題として新種微生物は次々と見つかっており、国際微生物学分類命名委員会の学術雑誌 international journal of systematic and evolutionary microbiology では毎号新種発見の論文が掲載されている。

 そのような中、私はノニルフェノールを分解する菌とエストラジオールを分解する菌(両者ともに新種)を下水から発見した。ノニルフェノールは産業排水に由来する環境ホルモン、エストラジオールは人畜し尿由来の天然ホルモンであるが、両者とも全国の水環境で検出されており、都市部の川で報告されている『魚のメス化現象』の原因物質である。

 上記の2つの菌はそれぞれの物質を栄養源として摂取し無害化することを既に証明している。そこで私はこれらの 菌を使って排水浄化装置を開発・販売するベンチャーを作ろう と計画しているのである。排水を浄化する方法はいろいろ研究されているが、微生物を使った浄化方法は他の方法に比べてコスト面で有利であるのと、分解すべき物質を菌が栄養源として摂取してしまうので『一般的には』分解産物は無害である(もちろん分解産物が更に有害になるケースもあるので、応用研究の前に分解産物を分析し、環境安全性について確認をとっておくことが必須である)。

 しかし、これまで日本の環境行政は欧米ほど厳格ではなかったことから環境浄化ビジネスの市場は大変未熟であり、『難分解性化学物質』を対象とした環境浄化ビジネスとなると世界的にも数が少ない。中でも環境ホルモン問題は日本では大変新しい問題であることから(欧米ではずっと以前から危険性が指摘されてきたのだが)、分解菌を使った環境浄化機器がビジネスとして成立するかどうかに疑問符がついている状態である。

 いくつかの環境法令が国会を通過し、海外の環境浄化ビジネス企業が日本支社を設立していることから、今ビジネスとしての可能性を追求するなら追風が吹きつつあるという予感がするが、具体的な使用規制、排出規制が設定され、それが事業所レベルにまで『お上のお達し』として浸透していくまでは企業側は『事態を静観』であり、環境浄化ビジネスに参入したい国内企業も研究内容については興味深く聞いてくれるがビジネス化として勝負に出られるかどうかを聞くと皆考え込んでしまう状況である。

 であるならば、学長直々のお誘いがあったわけだから、『大学発ベンチャー』という形で私が(そして菊池教授を巻き込んで)ビジネスとしての可能性を見極めてみようと思ったわけである。普通の企業が挑戦しづらいところを我々大学発ベンチャーが危険を承知で挑戦してみようと。国民の血税で運営されている大学であるから、 そのような形での社会貢献もありかな 、と考えている。

▲「有用微生物探し」の研究は続く
 本日は小樽商大が主催する大学ベンチャーワークショップが札幌キャンパスであるとのことで参加してきた。内容だが、午前中はtlo、銀行、経産局、ベンチャーキャピタル(もう意味はちゃんと分かっている)等のベンチャー支援者達が『大学発ベンチャーを資金援助しますよ』『こういう投融資制度がありますよ、』と言った感じで宣伝し、午後からは午前中の発表者と大学教官によるパネルディスカッションであった。

 ベンチャーキャピタルの話は有限会社で立ち上げようとする私にはまだ先の話のような気がした。というか、 いきなり株式会社で大学発ベンチャー作れる人ってそんなに多いの? 資本金1000万円以上必要だよ。大学研究者ってそんな金持ちの職業だったっけ?100万円の準備ですら苦しんでいる私には不可解な気がした。ビジネスについて分かっていて、それなりの資金もある人が聴くと素晴らしい話なのだろう。

 一方で、産業技術総合研究所北海道センターのバイオベンチャー支援制度、あれは聞いていて面白く、チャンスがあれば応募したい気がした。研究所(札幌)内のインキュベーション施設を借りることができ、経営相談にも乗ってもらえて、場合によっては専門分野の研究員にも協力してもらい、という感じである。ただ残念なことに産総研は札幌にあり、私の本拠は室蘭。地理的に遠い。仮に支援制度に採用された場合はどうすれば良いのだろう?特急で片道1時間半〜2時間。札幌に移り住む必要がありそうだし、とても本業とは掛け持ちできそうにないなあ。。。応募するためにはいくらか越えなきゃならない問題があるようだ。札幌の大学に勤務する教官にとっては良い話だろう。

 ワークショップで会場の爆笑を誘ったのは某監査法人の 『大学発ベンチャーは儲からないですから、、、』 というコメントだった。おいおい、支援してくれるはずなのに愚痴らないでくれよ(嘆)。

 まさにベンチャーを作ろうとしている私はとても笑える気分ではなかったのだが、考えさせられる一言であるとも思った。儲からないベンチャーを作ることは本当に社会の役に立つのだろうか?最近『大学ベンチャー1000社作って、その1社でも大きく発展してくれれば』という言葉を時々聞くが、これも ベンチャー作る側にしてみれば聞き流せる発言ではない 。もちろん多少の不快感は感じるが、『仮に1社生き残ったとして、残り999社の倒産は日本経済にマイナスの影響与えないの?本当に1社だけで日本を救えるの?』と思ってしまう。まあ、経済に精通している方々から見れば勝算があるのかも知れない、素人の私に分からないだけで。。。

 今日のワークショップでは講演内容とは別の収穫もあった。北海道経済産業局(バイオ産業振興室)の方々と、そして北海道21世紀総合研究所の柳井正義・主任研究員と名刺交換することができた。柳井さんからは大学ベンチャー等に関する委員会でベンチャー設立希望の教官という立場で発言してもらいたい、との依頼があった。どこまでご期待に沿えるのか不安ではあるが、お引き受けすることにした。


藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/